横浜市 港北区 新吉田町の歴史  2002年11月16日〜 製作開始         TOPへ





           このページを作る気になったのは、大正9年(1920年)生れの滝嶋さんという方が書いた ”おやじとおれたちの 都筑、新田、村小学校”
            という本に出会ってからであります。 発行日1992年で、もう10年も前に書かれた物でした。

           近くの綱島温泉の事や、新田小学校はもう開校100年以上になるそうで。 色々書かれています。
           少しづつ、昔を知っている方に(来年)聞き歩くつもりでいます。
 
           製作に時間が、掛かりそうなので、少しづつ完成させて行くつもりです。 



 

                           昭和初期の新田村字吉田     今の新田農協〜若雷神社あたり。  少し写真が重複しています。

                     新田駐在所が見えると思いますがこのあたりが、今の新田農協付近です。



                    ◇村役場がありました。              新田村役場は、二階建ての西洋館。  今の新田農協から山の方を
                                                 見ると山沿いに4軒家が建っているあたり。
                                                 ここは役場の後は、新田農協がしばらくあったらしく、
                                                 そして現在の所に移ったそうです。
                                                  
 
                    ◇川が見えます。 百目鬼谷堀り.       黒く塗られている所。 今の都筑インターの方から農協の横を通り
                          百目鬼谷(ドーミキヤト)        大川(鶴見川)につながっていました。 今は、大きなマンホールで
                                                 地下にあるそうです、上流に行くとまだ川が見られる所があります。

                                                百目鬼谷(ドーミキヤト)は、昔の新田村の中心でした。
                                                この本を書いた滝嶋さん宅は、真中の写真で、よっちゃん だそうです。


                    ◇旭屋さんが見えます。             昔は、とうふ屋さんだった。今はコンビニ になっています。


                    ◇若雷神社の階段下に銀行が見えます。
 
                    ◇今の横溝酒店は上の写真の、りきさん店